自然に生きる。
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自然に生きる。

2024年05月23日(木)11:44 AM

死の恐怖の欠如はだしのゲンを読んでいてゲンたちと一緒に住むようになった男性がある輩にお前殺すぞとすごまれたときに、すかさず殺していただきましょうと答えたのを見て死の怖くなくなった人の凄みを感じた、俺も実は死ぬことが怖くないので、このおじさんの気持が分かるのです、自分で死ぬのは抵抗があるから自殺はしません、が、いつ殺されても良いと思って生きています、一度死にかけた経験を持っていると死ぬこと自体は怖くないのです、l死というのはただ次の次元への移行をするだけのことでこの世界にいるy必要が無くなれば誰もが経験する卒業式のようなものだと思います、だからお世話になった方がお亡くなりになったと聞いてももう会えないのだと言う寂しさは感じますがそれ以上の悲しみだとかいう感情は出てきません、心の隅っこで良いなあと羨ましく思うくらいです。この気持ちは分かっていただけないかも知れないけれどそれほどに死に憧れというかそれに近い気持ちを持っているのです、できたら苦しむ暇もない程一瞬で死ねたら良いなあと思います家族みんなに看取られながらじわじわ死んでいくのは嫌なんです、、、、なので震災でお亡くなりになった人というのは随分と楽に卒業できたなあと思い羨ましいのです、ある意味理想です、、、だからと言って自殺願望があるわけでないのでわかりにくいですねえ。なので昔の侍が切腹の際に介錯をつけたと言うのはもう特別なことで大サービスだったに違いないと思います
だって苦しむ時間がほとんどないわけでウっと思った次の瞬間には絶命しているわけでよく動物に苦しまぬように殺すと言うシーンが映画でもありますが、これは良く分かっているからこうしたのだと思います、罠にかかった動物を素早く絶命させる漁師などは本当のやさしさがあるのだと思います良い漁師に出会った獲物は幸せだと思います、、、死は誰にでもやってくるものでそれを恐れて生き続けるのはばかばかしいことだと思います例えば病院でもう先はないと判断したらできるだけ苦しませずに逝かせると言う医療があっても良いと思うんですそのほうが健全だと思う、死なせずに生かし続けるのが果たして本人のためなのか?俺の叔母などは脳梗塞で倒れてしばらくの間延命されて可哀そうだった誇り高い人だったから苦痛だったろうと思いますもしも俺が同様になった時は無理やり生かさないでほしい頼むから自然の成り行きに任せたいのです、これが俺の死生観です、俺は普通に生きて普通に死んでいきたいのです、無理に生きたいと思わないので決して無理のない範囲で生きていきたいのです俺は、脳出血したけれど頭の骨を削らずに自然のままで今に至っている、これは俺は生きるんだという事だと思います、だから今のまま生き続けようと思います、変に頑張ろうとせずに普通に生き続けようと思います人間らしく自分の夢を持ちながら希望を持って生きていこうそれで十分なんです俺は。



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